ほきい。
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と鳴いてゐるのだ、と幼い耳に染《シ》みつけられた、物語りの出雲の孃子が、そのまゝ、自分であるやうな氣がして來る。
郎女は、徐《シヅ》かに兩袖《モロソデ》を、胸のあたりに重ねて見た。家に居た時よりは、褻《ナ》れ、皺立《シワダ》つてゐるが、小鳥の羽《ハネ》には、なつて居なかつた。手をあげて唇に觸れて見ると、喙でもなかつた。やつぱり、ほつとり[#「ほつとり」に傍点]とした、感觸を、指の腹に覺えた。
ほゝき鳥《ドリ》―鶯―になつて居た方がよかつた。昔語《ムカシガタ》りの孃子は、男を避けて、山の楚原《シモトハラ》へ入り込んだ。さうして、飛ぶ鳥になつた。この身は、何とも知れぬ人の俤にあくがれ出て、鳥にもならずに、こゝにかうして居る。せめて蝶飛蟲《テフトリ》にでもなれば、ひら/\と空に舞ひのぼつて、あの山の頂へ、俤びとをつきとめに行かうもの――。
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ほゝき ほゝきい。
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自身の咽喉から出た聲だ、と思つた。だがやはり、廬の外で鳴くのであつた。
郎女の心に動き初めた叡《サト》い光りは、消えなかつた。今まで手習ひした書卷の何
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