枝・木の葉の相|軋《ヒシ》めく音が、やむ間なく聞える。だが其も暫らくで、山は元のひつそ[#「ひつそ」に傍点]としたけしきに還る。唯、すべてが薄暗く、すべてが隈を持つたやうに、朧ろになつて來た。
岩窟《イハムロ》は、沈々と黝《クラ》くなつて冷えて行く。
した した。水は、岩肌を絞つて垂れてゐる。
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耳面刀自《ミヽモノトジ》。おれには、子がない。子がなくなつた。おれは、その榮えてゐる世の中には、跡を貽《ノコ》して來なかつた。子を生んでくれ。おれの子を。おれの名を語り傳へる子どもを――。
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岩|牀《ドコ》の上に、再白々と横つて見えるのは、身じろぎもせぬからだである。唯その眞裸な骨の上に、鋭い感覺ばかりが活きてゐるのであつた。
まだ反省のとり戻されぬむくろ[#「むくろ」に傍点]には、心になるものがあつて、心はなかつた。
耳面刀自の名は、唯の記憶よりも、更に深い印象であつたに違ひはない。自分すら忘れきつた、彼の人の出來あがらぬ心に、骨に沁み、干からびた髓の心《シン》までも、唯|彫《ヱ》りつけられたやうになつて、殘つてゐるのである。
萬法藏院の晨朝《
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