/\と胸を刺すやうだ。
――子代《コシロ》も、名代《ナシロ》もない、おれにせられてしまつたのだ。さうだ。其に違ひない。この物足らぬ、大きな穴のあいた氣持ちは、其で、するのだ。おれは、此世に居なかつたと同前の人間になつて、現《ウツ》し身の人間どもには、忘れ了《ホ》されて居るのだ。憐みのないおつかさま。おまへさまは、おれの妻の、おれに殉死《トモジ》にするのを、見殺しになされた。おれの妻の生んだ粟津子《アハツコ》は、罪びとの子として、何處かへ連れて行かれた。野山のけだものゝ餌食《ヱジキ》に、くれたのだらう。可愛さうな妻よ。哀なむすこ[#「むすこ」に傍点]よ。
だが、おれには、そんな事などは、何でもない。おれの名が傳らない。劫初《ゴフシヨ》から末代まで、此世に出ては消える、天《アメ》の下《シタ》の青人草《アヲヒトグサ》と一列に、おれは、此世に、影も形も殘さない草の葉になるのは、いやだ。どうあつても、不承知だ。
惠みのないおつかさま。お前さまにお縋りするにも、其おまへさますら、もうおいでゞない此世かも知れぬ。
くそ――外《ソト》の世界が知りたい。世の中の樣子が見たい。
だが、おれの耳は聞える。其
前へ 次へ
全160ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
釈 迢空 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング