ば、俤に見たお人には逢はずとも、その俤を見た山の麓に來て、かう安らかに身を横へて居る。
燈臺の明りは、郎女の額の上に、高く朧ろに見える光の輪を作つて居た。月のやうに圓くて、幾つも上へ/\と、月輪《グワチリン》の重つてゐる如くも見えた。其が、隙間風の爲であらう。時々薄れて行くと、一つの月になつた。ぽうつと明り立つと、幾重にも隈の疊まつた、大きな圓かな光明になる。
幸福に充ちて、忘れて居た姫の耳に、今宵も谷の響きが聞え出した。更けた夜空には、今頃やつと、遲い月が出たことであらう。
物の音。――つた つたと來て、ふうと佇《タ》ち止るけはひ。耳をすますと、元の寂かな夜に――激《タギ》ち降《クダ》る谷のとよみ。
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つた つた つた。
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又、ひたと止《ヤ》む。
この狹い廬の中を、何時まで歩く、跫音だらう。
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つた。
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郎女は刹那、思ひ出して帳臺の中で、身を固くした。次にわぢ/\[#「わぢ/\」に傍点]と戰《ヲノヽ》きが出て來た。
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天若御子《アメワカミコ》――。
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