しまする。おして、奈良へ還れぬでも御座りませぬ。尤、寺方でも、候人《サブラヒヾト》や、奴隷《ヤツコ》の人數を揃へて、妨げませう。併し、御館《ミタチ》のお勢ひには、何程の事でも御座りませぬ。では御座りまするが、お前さまのお考へを承らずには、何とも計ひかねまする。御思案お洩し遊ばされ。
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謂はゞ、難題である。あて人の娘御に、出來よう筈のない返答である。乳母《オモ》も、子古《コフル》も、凡は無駄な伺ひだ、と思つては居た。ところが、郎女の答へは、木魂返《コダマガヘ》しの樣に、躊躇《タメラ》ふことなしにあつた。其上、此ほどはつきりとした答へはない、と思はれる位、凛としてゐた。其が、すべての者の不滿を壓倒した。
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姫の咎は、姫が贖《アガナ》ふ。此寺、此二上山の下に居て、身の償《ツグナ》ひ、心の償ひした、と姫が得心するまでは、還るものとは思《オモ》やるな。
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郎女の聲・詞を聞かぬ日はない身狹乳母《ムサノチオモ》ではあつた。だがつひしか[#「つひしか」に傍点]此ほどに、頭の髓まで沁み入るやうな、さえ/″\とした語を聞いたことのない、
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