ここへうっちゃっといて、帰ってしまいますよ。僕がいなかったら、あなたなんぞ両手をつかんで引っ張り出されてしまいますぞ、それは僕が予言しておきますよ」
「なんでわしがあなたの邪魔になるんですかい、ミウーソフさん? おや、御覧なさい」庵室の囲い内へ一歩踏みこんだ時、彼はだしぬけにこう叫んだ。「御覧なさい、ここの人たちは、まるでばらの谷に暮らしているんですな!」
 見ればなるほど、ばらの花こそ今はなかったが、めずらしい美しい秋の花が、植えられるかぎりいたるところにおびただしく咲き誇っていた、どれもこれも、見受けるところ、なかなか老練家の手で世話をされているらしい。花壇は堂の囲い内にも、墓のあいだにも設けてあった。長老の庵室のある木造の平家も、同様に花が植えめぐらしてあって、その入口の前には廊下が続いていた。
「これは先代のワルソノーフィ長老の時分からあったのですかい? なんでも、あのかたは優美《はで》なことが大嫌いで、婦人たちさえ杖で打たれたというじゃありませんか」と、フョードル・パーヴロヴィッチは正面の階段を上りながら言った。
「ワルソノーフィ長老は、実際、時として、宗教的奇人のように見え
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