する。そして全生涯をいたずらに過ごして、ついに自己を発見することのできない人々と運命を共にすることを免れ得るのである。この発案、すなわち長老制度というものは、けっして理論的のものではなく、実践上東方に端を発してから、現代においてはすでに千年の古い経験を経ている。長老に対する義務は、いつの時代にもわが国の修道院にあったところの、普通の『戒律』とはおよそ趣を異にしている。ここに認められるものは、行に服する者の永久の懺悔《ざんげ》である。結ぶ者と結ばれる者とのあいだの断つべからざる結縁のきずなである。たとえばこんな話がある。キリスト教として古い古い昔のことが、こうした一人の道心が、長老に課せられたある行を果たさないで、修道院を去って他国へおもむいた。それはシリアからエジプトへ行ったのである。そこで長いあいださまざまの偉大な苦行を積んだ結果、ついに認められて信仰のための拷問《ごうもん》を受け、殉教者として死に就《つ》くこととなった。すでに教会が彼を聖徒と崇《あが》めて、そのからだを葬ろうとした時であった、『許されざるものは出でよ!』という助祭の声が響き渡ると同時に、殉教者のからだを納めた棺《か
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