期にも、彼はあまり感情を面に現わさなかったばかりか、むしろ口数の少ないほうであった。それはけっして臆病のためとか、無愛想で人づきが悪いためではなかった。それどころか、かえって、原因は何か他にある。つまり、きわめて個人的な、他人にはなんの関係もない、自分だけの内心の屈託といったようなものであるが、それが彼にとっては非常に重大なものなので、このために他人のことは忘れるともなく忘れがちになるのであった。しかも彼は人を愛した。そして一生涯、人を信じきって暮らしたらしいが、かつて誰ひとりとして彼をばかというものもなければ、お人好しと考える者もなかった。彼の内部には、自分は他人の裁判官になるのはいやだ、そして他人を非難するのも好かないから、どんなことがあっても人を咎《とが》めない、とでも言っているようなところがあった(それはその後、一生を通じてそうであった)、事実、彼は少しもとがめ立てをせずに、ときには深い悲哀を感ずることもたびたびあったが、いっさいのことを許しているらしかった。この意味で、何びとも彼を驚かしたりおびやかしたりすることができないほどになっていた。二十歳の年に、まぎれもなく、けがらわ
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