ちょうど、剃刀《かみそり》の刃のように、おれの心をひやっとさせたのさ』と、彼は後になって、例のいやらしい、忍び笑いをしながら、よく言い言いしたものである。もっとも、女たらしにとっては、これもおそらくは、単なる肉欲的なショックであったかもしれぬ。フョードル・パーヴロヴィッチは、なんのもうけにもならなかったこの妻に対しては何の遠慮会釈もしなかった。それに、彼女が良人に対して、いわば『罪でもあるような』風でいるのをいいことにして、――また、ほとんど自分が『輪索《わなわ》にかかる』ところを救ってやったような立場にいるのにつけこんで、さらにまた生まれつき非常にすなおで内気なのにつけこんで、彼は夫婦間のきわめて普通な礼儀さえも、踏みにじって顧みなかった。妻がちゃんと控えている家の中へ、性の悪い女どもが乗りこんで来て、乱痴気騒ぎをやることもあった。ここに、そのころのきわだったこととして紹介しておきたいのは、あの陰気で、愚かしく、頑固で、理屈っぽい下男のグリゴリイが前の夫人アデライーダ・イワーノヴナを憎んでいたのに、今度は新しい奥様の味方になって、ほとんど下男にはあるまじき態度で、フョードル・パーヴロ
前へ
次へ
全844ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中山 省三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング