、先方ではいろいろと身もとを調べて、すげなく追い払ってしまった。ところが、彼は、初婚のときと同じように、今度もまたこの少女に駆け落ちをすすめた。もしもそのとき、彼のことを、もう少し詳しく聞きこんでいたならば、おそらく彼女は、どんなことがあっても、彼のところへなど行かなかったに相違ない。しかし、他県のことではあるし、ましてや、いつまでも恩人のところにいるくらいならば、いっそのこと川へでも飛びこんだほうがましだくらいに思いつめている十六や七の小娘に、物の道理のわかろうはずはない。哀れな少女はただ恩人を女から男に換えただけであった。が、今度という今度は、フョードル・パーヴロヴィッチにも鐚一文《びたいちもん》とることができなかった。なにしろ、将軍夫人がかんかんに怒って、何一つくれなかったばかりか、二人をのろってさえいたからである。もっとも、彼も今度は持参金を取ろうとは当てにしていなかった。ただ無邪気な少女のきわだった美しさに迷っただけであった。何よりもその無邪気な容姿が、これまで猥褻《わいせつ》な女の色香にのみなじんで、荒《すさ》みきっていた女たらしの心を打ったのである。
『あの無邪気な眼が、
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