人間に対してのみならず、キリストの教会に対しても反旗を翻すことになるじゃありませんか。これはもちろん、今日でも厳格な意味においては同じことですが、それでもやはり、そう明白に告示されているわけではありません。だから今の犯罪者の良心はきわめて容易に、自分と自分で妥協することができます、『おれはなるほど盗みをした。けれど教会に背くわけではない、キリストの敵になったわけではない』今の犯罪者は絶えずこんな気休めを言っているのです。ところが、教会が国家にとって代わった場合には、地上における教会の全部を否定してしまわない限り、こんなことを言うわけにはいきません。『誰も彼もみな間違っている、みんな岐路《わきみち》にそれている。すべてのものが偽りの教会だ。ただ人殺しで泥棒の自分一人だけが公正なキリストの教会だ』これはちょっと言いにくいことです。こんなことを言うためには、よほど偉い条件と、めったにないような情勢が必要ですからね。ひるがえって犯罪に対する教会そのものの見解を考えてみますに、はたして教会は目下行なわれているようなほとんど異教的方法を廃して、社会保全のために行なわれている、感染せる肢体《したい》
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