正しく、この地上に教会を建てるためにおいでなされたのです。天国は言うまでもなく、この世のものでなく、天上にあるに違いありませんが、そこへはいって行くには、地上に立てられた教会を通るよりほかには道がありません。それゆえこの意味における俗世間的地口は不可能で、かつあるまじきことです。教会は真に王国であり、王国たるべき使命を持っているのであります。そして、究極においては疑いもなく全世界に君臨する天国とならなければなりません――それは、われわれが神より誓約されていることであります!……」
 彼は急に自制するもののように口をつぐんだ。イワン・フョードロヴィッチは敬意と関心をもって、そのことばを聞き終わると、落ち着き払って、しかし依然としてはしはしした率直な調子で言った。
「つまり僕の論文の要旨はこうなのです。古代、すなわちキリスト教発生以来二、三世紀のあいだ、キリスト教は単に教会として地上に出現して、単に教会であるにすぎなかったのです。ところが、ローマという異教国がキリスト教国になる望みを起こしたとき、必然の結果として次のような事実が生じました。ローマ帝国はキリスト教国にはなったけれど、それは単
前へ 次へ
全844ページ中169ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中山 省三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング