に国家の中へ教会を包含したのみで、多くの施政に顕《あら》われたその本質は、依然たる異教国として存在を続けたのです。本質上、ぜひこうなるべきだったのです。しかし、国家としてのローマには異教的な文明や知識の遺物がたくさんに残っていました。たとえば、国家の方針とか基礎とかいうものがそれです。しかるに、キリスト教会は国家の組織にはいったとしても、自己の立っている土台石、すなわち根本の基礎のうち一物をも譲歩することを得ずして、上帝自身によっていったん固く定められかつ示された究極の目的に向かって進むよりほかなかったことは疑いもない事実であります。つまり全世界を、したがって、あらゆる古い異教国を打って一丸として教会に化してしまうのであります。かくのごとくにして(つまり未来の目的において)教会は『社会的団体』または、『宗教目的を有する人間の団体』(僕の論敵は教会のことをこう言い表わしている)としても、国家の中に一定の地歩を求むべきではなくして、かえってあらゆる地上の国家こそ、結局教会に全然同化し、単なる教会そのものになりきって、教会の目的と両立しないような、あらゆる目的を排除すべきであります。しかも、
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