彼は皆の者を祝福して、一同に丁寧に会釈した。
四 信心の薄い婦人
旅の地主の婦人は下層民との会釈や、その祝福のありさまを残らず打ち見やりながら、静かに流れる涙をハンカチで拭いていた。それは多くの点でまことに善良な性格をもった、濃《こま》やかな感じの上流婦人であった。やがて長老が彼女のほうへ近づいたとき、彼女は歓喜に溢《あふ》れてそれを迎えた。
「わたくしはただいまの美しい光景を残らず拝見しました、ほんとにどんな切ない思いをいたしましたでしょう……」彼女は感動のために、最後まで言いきることができなかった。「ああ、わたくしにはよくわかります、人民はあなたを愛しています。わたくしは自分でも人民を愛します、いえ、愛そうと思っております。あの偉大な中にも美しい単純なところのあるロシアの人民を、どうして愛さないでいられましょう!」
「お嬢さんの御健康はいかがですな? あなたはまた、わしと話がしたいと言われるのかな?」
「ええ、わたくしはむりやりにたってお願いいたしたのでございます。わたくしはあなたのお許しが出るまでは、お窓の外にこの膝を地べたについたまま、三日でもじっとして待っている
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