。で、わたくしはそう言ってやりました。『おまえさん、それはわしも知っているよ、あの子は神様のそばでなくては、ほかにいるところはありませんさ。けれど、今ここに、わしのそばにはいっしょにおらん、前のようにここに坐ってはおらんだもの!』とね。ほんとに、わたくしはほんの一ぺんきりでも、あれが見とうございます。ほんのちょっとでよいから、あれが見たいのでございますよ。そばへ寄ったり声を掛けたりできなくてもかまいませぬ。あれが以前のように、戸外で遊んでいるところや、こちらへやって来て、あの可愛らしい声で、『母ちゃん、どこにいるの?』って呼ぶのを、どこかの隅に隠れておって、ほんのちらりとでも、見たり聞いたりしとうございます。あの小さい足で部屋の中を歩くのが聞きとうございます。あの小さい足でことことと歩くのを、たった一度でも聞きたい。以前よくわたくしのところへ走って来て、叫んだり笑ったりしましたが、わたくしはたった一度あれの足音が聞きたい、どうしても聞きたいのでございます。けれども神父様、もうあれはおりません、あれの声を聞くときはもうございません! これここにあれの帯がござりますが、あれはもうおりません
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