かな話でござりますよ。以前もそうでございました。わたくしがちょっと眼を放すと、すぐもうぐらつくのでございますよ、でも今ではあの人のことなど考えはいたしません。もう家を出てから三月になります。わたくしはすっかり忘れてしまいました、何もかも忘れてしまって、思い出すのもいやでございます。それにいまさらあの人といっしょになったところで、なんといたしましょう。わたくしはもうあの人とは縁を切ってしまいました。誰とも縁を切ってしまいました。自分の家や持ち物なんぞ見たいとも思いませぬ。なんにも見たいとは思いませぬ!」
「のう、おっかさん」と長老が口をきった。「昔の偉い聖人様が、おまえと同じように寺へ来て泣いておる母親を御覧になられてな、それはやっぱり、神様に召された一人子を思って泣いている母親じゃったのじゃが、聖人様の言われるには、『いったいおまえは小さい子供が神様の前では、わがままいっぱいにしておるということを知らぬのか? 幼い子供ほど神の国でわがままいっぱいなものはないのじゃ。子供らは神様に向かって、あなたはわたしたちに生命を恵んでくださったけれど、ちらと世の中をのぞいただけで、もう取り上げておし
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