ひともお尋ねしようと存じておったのでございます。しかし、ミウーソフさんに口出しをさせないようにお願いいたします。ほかでもありませんが、『殉教者伝』のどこかにこんな話があるっていうのは、全くでございましょうか――それはなんでも、ある神聖な奇跡の行者が、信仰のために迫害をこうむっておりましたが、とどのつまり首をちょん切られてしまいましたんで。ところが、その行者はひょいと起き上がるなり、自分の首を拾って『いとおしげに接吻しぬ』とあるんです。しかも長いあいだそれを手に持って歩きながら、『いとおしげに接吻しぬ』なんだそうです。全体これは本当のことでしょうか、どうでしょう神父さんがた?」
「いいや、それは嘘ですじゃ」と長老が答えた。
「どの『殉教者伝』にもそんなようなことは載っておりません。いったい何聖人のことがそんな風に書いてあるとおっしゃるのですか?」と司書の僧が尋ねた。
「それはわたくしもよく存じませんので。いや、いっこうに知りませんよ。なんでもぺてんにかけられたとかいう話ですがな。わたくしも人からのまた聞きでして。ところで、いったい誰から聞いたとおぼしめしますか。このミウーソフさんですよ。
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