とにもなりますのじゃ。それもこれもみな他人や自分に対する、絶え間のない偽りから起こることですぞ。みずから欺く者は何よりも先にすぐ腹を立てやすい。実際、時としては、腹を立てるのも気持のよいものじゃ。な、そうではありませんかな? そういう人はちゃんと承知しておりますのじゃ、――誰も自分をはずかしめたのではなく、自分で侮辱を思いついて、それに潤色を施すために嘘をついたのだ。一幅の絵に仕上げるために、自分で誇張して、わずかな他人のことばにたてついて、針ほどのことを棒のように言いふらしたのだ、――それをちゃんと承知しておるくせに、われから先に腹を立てる。それもいい気持ちになって、なんとも言えぬ満足を感じるまでに腹を立てるのじゃ。こうして本当の仇敵《きゅうてき》のような心持になってしまうのじゃ……。さあ、立ってお掛けくだされ、どうかお願いですじゃ、それもやはり偽りの所作ではありませぬかな」
「お聖人様! どうぞお手を接吻させてくださいませ」フョードル・パーヴロヴィッチはぴょんぴょんと飛び上がると、長老の痩せこけた手をすばやくちゅっと接吻した。「全く、全くそのとおり、腹を立てるのがいい気持なんでござ
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