た。
「ドミトリイ兄さんはもうじき帰るの?」とアリョーシャはできるだけ落ち着いて尋ねた。
スメルジャコフはゆっくりとベンチから立ち上がった。続いてマリヤも席を立った。
「ドミトリイ・パーヴロヴィッチのことなんか、わたしが知ってるわけがないじゃありませんか。もしあの人の見張りでもしていたのなら格別ですけど!」と、静かに一語一語を離して、ぞんざいな調子でスメルジャコフが答えた。
「いや、僕はただ知ってるかどうか、ちょっと聞いてみただけなんだよ」と、アリョーシャは言いわけをした。
「わたしはあの人の居どころなんかちっとも知りませんし、べつに知ろうとも思っていませんよ」
「でも、兄さんはたしかに、うちの出来事をなんでもおまえが兄さんに知らせることになってるって、僕に話したんだよ。それにアグラフェーナ・アレクサンドロヴナが来たら知らせるって、約束したそうじゃないか」
スメルジャコフは静かに眼をあげて、ふてぶてしく相手を眺めた。
「しかし、あなたは今どうしてここへはいっておいでになりました。だってね、門の戸は一時間ばかり前に、ちゃんと掛金《かけがね》をかけておいたんですよ」と、彼はじろじろとアリョーシャを見つめながら尋ねた。
「僕は横町から編垣を越えて、いきなり四阿《あずまや》の方へ行ったんだ。どうぞだから、そのことで僕をとがめないでくださいね」と彼はマリヤに向かって言った、「僕は少しでも早く兄を捕まえたかったものですから」
「あら、わたしなんかがあなたに腹を立てる道理があるもんですか」アリョーシャの謝罪にすっかり気をよくしたマリヤがことばじりを引きながら言った。「それにドミトリイ・フョードロヴィッチもそんな風にして、よく四阿へいらっしゃいますから、わたしたちがちっとも知らないでいますのに、もうちゃんと四阿に坐ってらっしゃるんですのよ」
「僕は今一生懸命に兄を捜しているところなんです。ぜひとも自分で会うか、それとも兄が今どこにいるかを教えていただきたいんです。実は兄にとって非常に重大な用件があるものですから」
「あのかたわたしたちには何もおっしゃいませんわ」とマリヤが舌たらずな調子で言った。
「わたしはただほんの知り合いとしてここへ遊びに来るだけですが」とスメルジャコフが新たに口を出した、「あの人はいつでもここで旦那のことをしつこく尋ねて、なさけ容赦もなくわたしをいじめなさる。お父さんのとこはどんなあんばいだかとか、誰が来たかとか、誰が帰ったかとか、何かほかに知らしてくれることはないかとか言いましてね。二度ばかりは殺してしまうなんて脅かしなすったくらいですよ」
「どうして殺すなんて?」とアリョーシャはびっくりした。
「そりゃあ、あの人の気性としてはそのくらいのことはなんでもありませんよ。昨日あなたも御覧になったじゃありませんか。もしもわたしがアグラフェーナ・アレクサンドロヴナを邸へ通して、御婦人がこちらで泊って行かれるようなことがあったら、第一に貴様を生かしてはおかんぞとおっしゃって。わたしあの人が恐ろしくってなりません。もうこれ以上恐ろしい思いをしないようにするには、警察へでも訴えるよりほかしかたがありません。ほんとに何をしでかしなさるやら知れたものじゃありませんからね」
「このあいだもこの人に『臼《うす》へ入れて搗《つ》き殺すぞ』っておっしゃいましたわ」とマリヤが口を添えた。
「いや、そんな臼へ入れてなんかというのは、それはほんの口先だけのことでしょうよ」とアリョーシャが言った、「僕が今兄に会うことができさえしたら、そのこともちょっと言っておくんですがねえ……」
「あなたにわたしがお知らせできる、たった一つのことはですね」と、何かしら考えついたようにスメルジャコフが不意に言いだした。
「わたしがここへ出入りするのは隣り同士の心安だてからです。別に出入りをして悪いわけもありませんからね。ところで、わたしは今日、夜の明けないうちにイワン・フョードロヴィッチのお使いで、湖水街《オーセルナヤ》のあの人の家へまいりましたが、手紙はなくてただ口上だけで、いっしょに食事がしたいから、広場の料理屋までぜひ来てくれとのことでした。わたしがまいりましたのは八時ごろでしたが、ドミトリイ・フョードロヴィッチは家にいらっしゃいませんでした。『ええ、いらっしたのですが、つい今しがたお出かけになりました』と宿の人たちが、このとおりの文句で言いましたが、どうやら打ち合わせでもしてあるような口ぶりでしたよ。もしかしたら、ちょうど今時分、その料理屋でイワン・フョードロヴィッチとさし向かいで坐っておいでかもしれませんよ。なぜって、イワン・フョードロヴィッチが昼飯にお帰りにならなかったもんですから、旦那は一時間ほど前ひとりで食事をすまして、居間に横になって休んでいらっし
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