アの意地悪めが!」
老人は容易に静まらなかった。彼はもう、すっかり酔いが回って、それまでどんなにおとなしかった酒飲みでも、急にふてくされて威張りださなければ承知しなくなるといった、そんな程度にまで達していたのである。
「何をおまえはそう、わしのほうばかりにらむのだ? それはなんという眼つきだ? おまえの眼はわしをにらみながら、『だらしのない酔っ払いの面《つら》だ』と言っておる。その眼つきはうさん臭いぞ、どうも、人を小ばかにした眼つきだ……おまえは何か胸に一物あってやって来たんだな、ほら、アリョーシカの眼つきを見い、晴れ晴れしとるじゃないか、アリョーシカはわしをばかにはしちゃおらんぞ、な、アリョーシカ、イワンを好くことはないぞ」
「兄さんをそんなに怒らないでください! 兄さんを侮辱するのをやめてください」とアリョーシャは語気を強めて言った。
「うん、なあに、わしもな、よしよし、ああ、頭が痛いわい、イワン、びんをかたづけてくれんか、もう三度も同じことを言うぞ」彼はすこし考え込んだが、不意に長く引っぱったようなずるそうな笑い声を立てながら、「なあ、イワン、こんな老いぼれの死にぞこないに腹を立てんでくれよ、わしはおまえに好かれんのはよう知っておる、だがまあ、怒らないでくれ、わしはとても人に好かれるという柄じゃないわい、ところで、どうかチェルマーシニャへ出かけてくれ、わしも行くからな、土産《みやげ》を持って行くぞ、そしてあっちで一人いい娘っ子を見せてやろう。もうずっと前から見つけてあるんだよ、今でもはだしで跳ね回っとるだろうて、はだしの娘だからとて驚くことはない、いや、ばかにしたものではないぞ――なかなかの上玉だ!……」
彼はそう言って、自分の手をちゅっと吸った。
「わしにとってはな」と、彼は自分の好きな話題に移ると同時に、まるで一時に酔いがさめてしまったように、ひどく元気づいてきた、「わしはな……こんなことを言っても、おまえらのような子豚同然なねんねにはわかるまいが、わしにはな……これまでの一生を通じて、女に会って見苦しいと思うことはなかったよ、これがわしの原則でなあ! 全体、おまえらにこれがわかるかしらん? どうして、どうして、おまえらにこれがわかってなるものか! おまえらの体内には血の代わりに、まだ乳が流れておるのだ、まだ殻《から》が脱けきらんのだ! わしの原則によるとな、どんな女の中にも、けっして他の男には見つからんような、すこぶる、そのおもしろいところが見つけ出せる――だが、自分で見つけ出す眼がなくてはならん、そこが肝心だ! 何よりも手腕だよ! わしにとってはぶきりょうな女というものがないのだ、女であることが、もう興味の半ばをなしておるのだよ、いや、こんなことはおまえたちにわかるはずがないて! 老嬢などという手合いの中からでも世間のばか者どもはどうしてこれに気がつかずに、むざむざ年を食わしてしまったのかと、驚くようなところを捜し出すことがときどきあるのだよ、はだし女やすべたには、初手にまずびっくりさせてやるのだ。これがこういう手合いに取りかかる秘訣《ひけつ》なのさ、おまえは知らないかい? こういう手合いには、まあ、わたしのような卑しい女を、こんな立派な旦那様《だんなさま》が、と思って、はっとして嬉しいやらはずかしいやらで、ぼうとした気持にしてしまわにゃいかんて、いつも召し使いに主人があるように、いつもこんなげす女にれっきとした旦那がついてるなんて、うまくできておるじゃないか、人生の幸福に必要なのは全くこれなんだよ! ああそうだ!……なあアリョーシャ、わしは亡くなったおまえのおふくろさんをいつもびっくりさせてやったものだよ。もっとも、別なやり方ではあったがね、ふだんは、どうして、甘いことばひとつかけることじゃなかったが、ちょうどころあいを見はからってはだしぬけに精一杯ちやほやして、あれの前で膝《ひざ》を突いてはいずり回ったり、あれの足を接吻したりして、あげくの果てには、いつでも、いつでも――ああ、わしはまるでつい今しがたのことのように覚えておるが、きっとあれを笑い転げさしてしまったものだよ、その小さい笑い方が一種特別で、こぼれるような、透き通った、高くないが、神経的なやつさ、あれはそんな笑い方しかしなかったんだよ。そんな時は決まって病気の起こる前で、あくる日はいつも、憑《つ》かれた女になってわめきだす始末だ、だから今の細い笑い声もけっして嬉しさの現われではなく、こちらは一杯食わされたことになるのだけれど、それでもまあ嬉しいには違いないさ、どんなものの中からでも特別な興味を捜し出すっていうのは、つまりこれなんだよ! あるときベリャーフスキイのやつが――そのころそういう金持ちの好男子がこの町に住んでいて、あれをつけ回して、家へも
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