して、その背後から白い巨大な積雲の層がむくりむくりと噴き出てゐた。そのすばらしい白と金との向うに恵那、駒ヶ嶽、御嶽の諸峰が競つて天を摩してゐるといふのだ。見えざる山岳の気韻は彼方にある。何と籠つた葡萄鼠の曇。
と、蕭々として、白い鉄橋の方へ流るる蝉のコーラスである。
爆音がする。左岸の城山に洞門を穿つのである。奇岩突兀として聳つその頂上に近代のホテルを建て、更に岸石層の縦穴をくりぬき、しんしんとエレベーターで旅客を運ぶ計画ださうである。
と、見ると、遊覧船は屋形、或は白のテントを張つて、日本ラインの上流より矢のやうに走つて来る。その光、光、光。恰も中古伝説《レヂエンド》の中の王子の小舟のやうにちかりちかりとその光は笑つて来る。「おうい。」と呼びたくなる。
中仙道は鵜沿《うぬま》駅を麓とした翠巒の層に続いて西へと連るのは多度の山脈である。鈴鹿は幽かに、伊吹は未だに吹きあげる風雲の猪色にその山頂を吹き乱されてゐる。
眼の下の大河を隔てた夕暮富士を越えて、鮮かな平蕪の中に点々と格納庫の輝くのは各務《かがみ》ヶ原の飛行場である。
西は渺々たる伊勢の海を眼界の外に霞ませて、河口へ到る
前へ
次へ
全15ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング