の農民美術のステッキをついてゆく、その子の父の私であつた。
「うん、さうか。」
父と子とはその鉄橋の中ほどで立ち停まると、下手向きの白い欄干に寄り添つて行つた。隆太郎は一生懸命に爪立ち爪立ちした。頤が欄干の上に届かないのだ。
ちやうど八月四日の正午、しんしんと降る両岸の蝉時雨であつた。
汪洋たる木曾川の水、雨後の、濁つて凄じく増水した日本ライン、噴き騰る乱雲の層は南から西へ、重畳して、何か底光のする、むしむしと紫に曇つた奇怪な一脈の連峰をさへ現出してゐる。その白金の覆輪がまた何よりも強く眼を射つたのである。その下流の右岸には秀麗な角錐形の山、(それは夕暮富士だと後で聞いたが)山の頂辺に細い縦の裂目のある小松色の山が、白い河洲の緩い彎曲線と程よい近景を成して、遙には暗雲の低迷した、それは恐らく驟雨の最中であるであらうところの伊吹山のあたりまでバックに、ひろびろと霞んだ、うち展けた平野の青田も眺められた。
その左岸の犬山の城である。
まことに白帝城は老樹蓊欝たる丘陵の上に現れて、粉壁鮮明である。
小さな白い三層楼、何と典麗な、しかもまた均斉した、美しい天主閣であらう。この城あ
前へ
次へ
全15ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング