お泣きでない、泣いたつておつつかない、
白い日傘《パラソル》でもおさし、綺麗に雨がふる、寂しい雨が。

雨がふる、憎くらしい憎くらしい、冷《つめ》たい雨が、
水面に空にふりそそぐ、まるで汝《おまへ》の神経のやうに。
薄情なら薄情におし、薄い空気草履の爪先に、
雨がふる、いつそ殺してしまひたいほど憎くらしい汝《おまへ》の髪の毛に。

雨がふる、誰も知らぬ二人の美くしい秘密に
隙間《すきま》もなく悲しい雨がふりしきる。
一寸おきき、何処かで千鳥が鳴く、歇私的里《ヒステリー》の霊《たましひ》、
濡れに濡れた薄あかりの新内。

雨がふる、しみじみとふる雨にうち連れて、雨が、
二人のこころが啜泣く、三味線のやうに、
死にたいつていふの、ほんとにさうならひとりでお死に、
およしな、そんな気まぐれな、嘘《うそ》つぱちは。私《わたし》はいやだ。

雨がふる、緑いろに、銀いろに、さうして薔薇《ばら》色に、薄黄に、
冷たい理性の小雨がふりしきる。
お泣きでない、泣いたつておつつかない、
どうせ薄情な私たちだ、絹糸のやうな雨がふる。
[#地から3字上げ]四十五年五月

  そなた待つ間

チヨンキナ、チ
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