車はゆくゆく

汽車はゆくゆく、二人《ふたり》を載せて、
空のはてまでひとすぢに。
今日は四月の日曜《どんたく》の、あひびき日和《びより》、日向雨《ひなたあめ》、
塵にまみれた桜さへ、電線《はりがね》にさへ、路次にさへ、
微風《そよかぜ》が吹く日があたる。
街《まち》の瓦を瞰下《みを》ろせばたんぽぽが咲く、鳩が飛ぶ、
煙があがる、くわんしやん[#「くわんしやん」に傍点]と暗い工場の槌が鳴る
なかにをかしな小屋がけの
によつきりとした野呂間顔《のろまがほ》。
青い布《きれ》かけ、すつぽりと、よその屋根からにゆつと出て
両手《りやうて》つん出す弥次郎兵衛|姿《すがた》、
あれわいさの、どつこいしよの、堀抜工事の木遣《きやり》の車、
手をふる、手をふる、首をふる――
わしとそなたは何処《どこ》までも。

汽車はゆくゆく、二人を乗せて
都はづれをひとすぢに。
鳥が鳴くのか、一寸と出た亀井戸駅の駅長も
芝居がかりに戸口からなにか恍然《うつとり》もの案じ、
棚に載《の》つけたシネラリヤ、
紫の花、鉢の花、色は日向《ひなた》に陰影《かげ》を増す。
悪戯者《いたづらもの》の児守さへ、けふは下から真面目
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