一時間。
何処《どつか》で投げつけるやうな
あかんぼの声がする。
[#地から3字上げ]四十四年十月
[#ここから2字下げ、30字詰め]
四十四年の春から秋にかけて自分の間借りして居た旅館の一室は古い土蔵の二階であるが、元は待合の密室で壁一面に春画を描いてあつたそうな、それを塗りつぶしてはあつたが少しづつくづれかかつてゐた。もう土蔵全体が古びて雨の日や地震の時の危ふさはこの上もなかつた。
[#ここで字下げ終わり]
黄色い春
黄色《きいろ》、黄色、意気で、高尚《かうと》で、しとやかな
棕梠の花いろ、卵いろ、
たんぽぽのいろ、
または児猫の眼の黄いろ……
みんな寂しい手ざはりの、岸の柳の芽の黄いろ、
夕日黄いろく、粉《こな》が黄いろくふる中に、
小鳥が一羽鳴いゐる。
人が三人泣いてゐる。
けふもけふとて紅《べに》つけてとんぼがへりをする男、
三味線弾きのちび男、
俄盲目《にわかめくら》のものもらひ。
街《まち》の四辻、古い煉瓦に日があたり、
窓の日覆《ひよけ》に日があたり、
粉《こな》屋の前の腰掛に疲れ心の日があたる、
ちいちいほろりと鳥が鳴く。
空に黄色い雲が浮く、
黄いろ
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