ツいとんぼの眼《め》の光。

よひやみの、よひやみの、
いづこにか、赤い花火があがるよの、
音《おと》はすれども、そのゆめは
見えぬこころにくづるる……

ほのかにも紫陽花《あぢさゐ》のはな咲けば、
新《あらた》にかけし撒水《うちみづ》の
香《か》のうつりゆくしたたり、
さて、消えやらぬ間の片恋。
[#地から3字上げ]四十三年八月

  カナリヤ

たつた一言《ひとこと》きかしてくれ。
カナリヤよ、
たんぽぽいろのカナリヤよ、
ちろちろと飛びまはる、ほんに浮気なカナリヤよ。
おしやべりのカナリヤよ。
たつた一言《ひとこと》きかしてくれ、
丁度《ちやうど》、弾きすてた歌沢の、
三の絃《いと》の消ゆるやうに、
「わたしはあなたを思つてる。」と。

  彼岸花

憎い男の心臓を
針で突かうとした女、
それは何時《いつ》かのたはむれ。

昼寝のあとに、
ハツとして、
けふも驚くわが疲れ。

憎い男の心臓を
針で突かうとした女、――
もしや棄てたら、キツとまた。

どうせ、湿地《しめぢ》の
彼岸花、
蛇がからめば
身は細《ほ》そる。

赤い、湿地《しめぢ》の
彼岸花、
午後の三時の鐘が鳴る。

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