サこここに銀の懐中時計《とけい》を閉《し》める音。
けふも彼岸《ひがん》のあかるさに、
誰に見しよとか、権兵衛は
青い手拭、頬かぶり、
桝を小腋《こわき》に、ひえびえと畝《うね》のしめりを踏んでゆく。
畝《うね》の光に蒔く種は
かなしみの種、性《せい》の種、黒稗《くろひえ》の種。
パツチパツチと鳴く虫の
昼のさびしさ、しをらしさ、……
強い日射《ひざし》のそこここに若いこころの咽《むせ》ぶ音。
ほんに一日《いちにち》齷齪《あくせく》と
歎き足らひで、権兵衛が
青いパツチに縄《なは》の帯、
及び腰してひとすぢに土の臭《にほひ》を嗅《か》いでゆく
午後《ごご》の光に蒔く種は
かなしみの種、性《せい》の種、黒稗《くろひえ》の種。
パツチパツチと鳴く虫の
昼のさびしさ、なつかしさ。……
黒い鴉《からす》の嘴《くちばし》に種のつぶれてなげく音。
若い身そらの内密事《ないしよごと》、
ひとり苦《く》に病《や》む権兵衛が、
歩みののろさ、手の痛《いた》さ、
腰の痛《いた》みにしみじみと明《あか》き其夜を泣いてゆく。
銀《ぎん》の秘密《ひみつ》に蒔く種は
かなしみの種、性《せい》の種、黒稗《
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