艪ュたんぽぽの穂のやうに。
泣いても泣いても涙は尽きぬ、
勘平さんが死んだ、勘平さんが死んだ、
わかい奇麗な勘平さんが腹切つた……
おかるはうらわかい男のにほひを忍んで泣く、
麹室《かうじむろ》に玉葱の咽《む》せるやうな強い刺戟《しげき》だつたと思ふ。
やはらかな肌《はだ》ざはりが五月《ごぐわつ》ごろの外光《ぐわいくわう》のやうだつた、
紅茶のやうに熱《ほて》つた男の息《いき》、
抱擁《だきし》められた時《とき》、昼間《ひるま》の塩田《えんでん》が青く光り、
白い芹の花の神経が、鋭くなつて真蒼に凋れた、
別れた日には男の白い手に烟硝《えんせう》のしめりが沁み込んでゐた、
駕にのる前まで私はしみじみと新しい野菜を切つてゐた……
その勘平は死んだ。
おかるは温室《おんしつ》のなかの孤児《みなしご》のやうに、
いろんな官能《くわんのう》の記憶にそそのかされて、
楽しい自身の愉楽《ゆらく》に耽つてゐる。
(人形芝居《にんぎやうしばゐ》の硝子越しに、あかい柑子の実が秋の夕日にかがやき、黄色く霞んだ市街《しがい》の底から河蒸気の笛がきこゆる。)
おかるは泣いてゐる。
美くしい身振《みぶり
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