tに
柔かにかろく魘《うな》さるれど、
汝《な》が母を犯したる
霊《たましひ》の不倫をば知るよしもなし。
五時過ぎて暮ちかき夏の日は
血に染《そ》みし呼鈴《よびりん》の声のごとくふりそそぎ、
嫋《なよ》やかなる風は蜜蜂の褐色《かちいろ》に、
蜜蜂のつぶやきは
かろく花粉を落す。
汝《な》が微《かす》かなる寝息は
腐れたる玉葱のにほひにも沁《し》み、
快《こころよ》く荒《すさ》みゆく性《せい》の秘密にや笑ふらん。
匍《は》ひよりし毛虫の奇異《きい》なる緑にも
汝《な》は覚《さ》めず……
ひとみぎり園丁の鍬の刃はかなたに光り、
掘りかへさるる土の香の湿潤《しめり》吹き来る。
あはれ、かかる日に病みて伏す
やはらかにかなしき畜生《ちくしやう》の
捉《とら》へがたき微温《びをん》の、やるせなきそのこころ……
[#地から3字上げ]四十三年六月
隣人
隣人《りんじん》は露西亜の地主《ぢぬし》のごとく、
素朴な黒の上衣《うはぎ》に赤木綿のバンドを占め、
長靴を穿《は》き、
禿げた頭《あたま》のきさくから他《よそ》の畑を見回《みまは》る。
隣人はよく蚕豆《そらまめ》のなかに立ち、
雨に
前へ
次へ
全96ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング