り》の陰影《かげ》に、
青白き胞衣会社《えなぐわいしや》ほのかににほひ、
※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]多く、而《しか》もみな閉《とざ》したる真四角《ましかく》の煙艸工場《たばここうば》の
煙突の黒《くろ》みより灰《はひ》ばめる煤《すす》と湯気《ゆげ》なびきちらぼふ。

橋のもと、暗《くら》き沈黙《しじま》に
舟はゆく……
なごやかにうち青む砥石《といし》の面《おも》を
いと重き剃刀《かみそり》の音《おと》もなく辷《すべ》るごとくに、
舟はゆく……ゆけど声なく
ありとしも見えわかぬ棹取《さをとり》の杞憂《おそれ》深げに、
ただ黄《き》なる燈火《ともしび》ぞのぼりゆく……孤児《みなしご》の頼《たよ》りなき眼《め》か。

つつましき尿《ねう》の香《か》の滲《し》み入るほとり、
腐《くさ》れたる酒類《さけるゐ》の澱《おど》み濁《にご》りて
そこここの下水《げすゐ》よりなやみしみたり、
白粉《おしろい》と湯垢《ゆあか》とのほめく闇にも
青き芽《め》の春の草かすかににほふ。

湿潤《しめり》ふかき藍色《あゐいろ》の夜《よ》の暗《くら》さ……
かへりみすれば
いと黒く、はた、遠き橋のい
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