tなりき。ふくらなる身《み》を跳《おど》らせて、
銀色《ぎんしよく》の衾《ふすま》の裾《すそ》にのぼりつつ背《せ》を高《たか》めたる。
黄《き》ばみたる青葱色《あをねぎいろ》の眼《め》の光《ひかり》来《きた》る夜《よ》の恐怖《おそれ》にそそぐ。
かくてただ声《こゑ》もなし。青《あを》く光《ひか》る硝子戸《がらすど》に真白《ましろ》なる顔《かほ》ふりむけて、
哀楽《あいらく》の表情《へうじやう》もなく親《した》しげに畜類《ちくるゐ》の眼《め》と並《なら》びつつ何《なに》をか凝視《みつ》む。
ああ、暗《くら》き暗《くら》き葱畑《ねぎばたけ》の地平《ちへい》に黄《き》なる月《つき》いでんとして、
※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]銀《しやうぎん》の鐘《かね》は鳴《な》る……幽《かす》かに、……幽《かす》かに……やるせなき霊《たましひ》の求《と》めもあへぬ郷愁《ノスタルヂヤア》。
[#地から3字上げ]四十三年二月
雪ふる夜のこころもち
今夜《こんや》も雪が降つてゐる。……
Blue devils よ。
酔ひ狂つた俺《おれ》の神経が――
Sara …… sara ……とふる雪の幽かな瞬《またたき》を聴きわけるほど――
ひつそりと怖気《をぢけ》づく、ほんの一時《いちじ》の気紛《きまぐれ》につけ込んで、
汝《おまへ》はやつて来る……顫《ふる》ひながら例《れい》の房のついた尖帽《せんぼう》をかぶつて、
掻きむしつた亜麻色《あさいろ》の髪《け》の、泣き出しさうな青い面《つら》つきで、
ふらふらと浮いた腰の、三尺《さんじやく》ほどの脚棍《たけうま》に乗つて、
ひよつくりこつくり西洋操人形《あやつりにんぎやう》のやうにやつてくる。
硝子の閉《しま》つた青い街《まち》を、
濡れに濡れた舗石《しきいし》のうへを、
ピアノが鳴る……金色《きんいろ》の顫音《せんおん》の
潤《うる》むだ夜の空気に緑を帯びて消えてゆく。
雪がふる。……
湿《しめ》つた劇薬《げきやく》の結晶《けつしやう》、
アンチピリンの(頓服剤《ねつさまし》の)、粉末《ふんまつ》のやうに――
それがまた青白い瓦斯《ガス》に映《うつ》つて
弊私的里《ヒステリー》の発作《ほつさ》が過ぎた、そのあとの沈んだ気分《きぶん》の氛囲気《ふんゐき》に
落《お》ちついた悲哀《かなしみ》の断片《だんぺん》がしみじみと降りしきる。
そのとき、
酒場《さかば》の薄い硝子から
むちやくちやになつた神経が、馬鹿にしろといふ調子で、
それでも沈まりかへつて、
恐怖《おそれ》と可笑《をかしさ》の眼を瞠《みは》つたまま、
ふる雪を、
Blue devils の歩行《あるき》を眺めてゐる。
ひよつくりこつくり顫《ふる》へてゆく……
ピアノに合せた足どりの、ふらふらと両手《りようて》を振つて、あかしやの禿げた並木をくぐりぬけ、
三角|形《なり》の街燈《がいたう》の鉄の支|柱《ちゆう》によろけかかつて腰をつき、
そそくさと、そそくさと、内隠《かくし》から山葵色《わさびいろ》の罎《びん》を取り出し、
こくこくと仰向《あふむ》いて、苦《にが》さうな口のあたりに持てゆく。
雪がふる……白く……薄青く……
それが罎《びん》を収《しま》つて
ひよいと此方《こちら》を見る。
涙の一杯たまつた眼に
張《はり》のない痲痺《まひ》しきつた笑《わらひ》を洩らしながら、
克明《こくめい》な霊《たましひ》のかたわれが
ひよつくりこつくり道化《だうけ》た身振に消えてゆく。
ああ、静かな夜《よる》、
何処《どこ》かに幽かに杏仁水《きやうにんすゐ》のにほひがして
疲れた官能が痺れてくる……
濡れたあかしやが銀《ぎん》の恐怖《おそれ》に光つて、
一ならび青い硝子に反射する――そのほかは
声もせぬ通の長い舗石《しきいし》のうへを
痺《しび》れて了《しま》つたピアノの顫音《せんおん》が、
ふる雪の断片が、
活動写真のまたたきのやうに
音もなく瓦斯の光に顫へてゐる。
雪がふる。
Sara …… sara …… sara …… sara …… sara ……
薄ら青い、冷《つめ》たい千万の断片が
落ついた悲哀《かなしみ》の光が、
弊私的里《ヒステリー》の発作《ほつさ》が過ぎた、そのあとの沈んだ気分《きぶん》の氛囲気《ふんゐき》に、
しんみりとしたリズムをつくつて
しづかに降りつもる。
Sara …… sara …… sara …… sara …… sara ……
[#地から3字上げ]四十三年六月
解雪
わが憂愁は溶《と》けつつあり、
黄色《きいろ》く赤くみどりに、
屋根の雪は溶けつつあり、
光りつつ、つぶやきつつ、滴りつつ……
日はすでにまぶしく、
菓子屋の煙突よりは烟《けむり》のぼり、
病犬は跛《ちんば》曳きつつ舗石《し
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