しさ、うす青さ、
白いシヨウルを巻きつけて
鳥も鳥屋に涙する。
椅子も椅子屋にしよんぼりと
白く寂しく涙する。
猫もしよんぼり涙する。
人こそ知らね、アカシヤの
性の木の芽も涙する。
雨……雨……雨……
雨は林檎の香のごとく
冬の銀座に、わがむねに、
しみじみとふる、さくさくと。
[#地から3字上げ]四十四年十二月
雪
雪でも降りさうな空あひだね、今夜も
ほら、もう降つて来たやうだ、その薄い色硝子を透かして御覧。
なつかしい円弧燈《アークとう》に真白なあの羽虫のたかるやうに
細《こま》かなセンジユアルな悲しみが、向ふの空にも、
橋にも柳にも、
水面にも、
書割のやうな遠見の、黄色い市街の燈にも、
多分冷たくちらついてゐる筈だ。それとも積つたかしら。
幽かな囁き……幽かなミシンの針の
薄い紫の生絹《きぎぬ》を縫ふて刻むやうな、
色沢《いろつや》のある寂しいリズムの閃めきが、
そなたの耳にはきこえないのか……湯から上つて、
もう一度透かして御覧、乳房が硝子に慄へるまで。
曇つたのぼせさうな湯殿に、
白い湯気のなかに、
蛍が飛ぶ……燐のにほひの蛍が、
ほうつほうつと……あれ銀杏がへしの
つんと張つた鬢のうらから
肩から、タオルからすべつて消える。
ほうつほうつと。
さうではない、さうではない、
すらりとした両《ふた》つのほそい腕から、
手の指の綺麗な爪さきの線まで、
何かしら石鹸《シヤボン》が光つて見えるのだ、さうして
魔気のふかい女の素はだかの感覚から
忘れた夏の記憶が漏電する。
ほうつほうつと蛍が光る。
不思議な晩だ、まだ鋏を取つたまま
何時までも足の爪を剪《き》つてゐるのか、お前は
※[#「さんずい+自」、第3水準1−86−66]芙藍湯《サフランゆ》の[#「※[#「さんずい+自」、第3水準1−86−66]芙藍湯《サフランゆ》の」は底本では「泊芙藍湯《サフランゆ》の」]温かな匂から、
香料のやはらかななげきから、
おしろいから、
夏の日のあめも美しく
女は踊る、なつかしいドガの Dancer
雪がふる……降つてはつもる……
しめやかな悲しみのリズムの
しんみりと夜ふけの心にふりしきる……
ほうつほうつと、蛍が飛ぶ……
あれごらんな、綺麗だこと、
青、黄、緑、……さうしてうすいむらさき、
雪がふる……降つてはつもる……
そつとしておきき、何処かでしめやか
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