ツいとんぼの眼《め》の光。
よひやみの、よひやみの、
いづこにか、赤い花火があがるよの、
音《おと》はすれども、そのゆめは
見えぬこころにくづるる……
ほのかにも紫陽花《あぢさゐ》のはな咲けば、
新《あらた》にかけし撒水《うちみづ》の
香《か》のうつりゆくしたたり、
さて、消えやらぬ間の片恋。
[#地から3字上げ]四十三年八月
カナリヤ
たつた一言《ひとこと》きかしてくれ。
カナリヤよ、
たんぽぽいろのカナリヤよ、
ちろちろと飛びまはる、ほんに浮気なカナリヤよ。
おしやべりのカナリヤよ。
たつた一言《ひとこと》きかしてくれ、
丁度《ちやうど》、弾きすてた歌沢の、
三の絃《いと》の消ゆるやうに、
「わたしはあなたを思つてる。」と。
彼岸花
憎い男の心臓を
針で突かうとした女、
それは何時《いつ》かのたはむれ。
昼寝のあとに、
ハツとして、
けふも驚くわが疲れ。
憎い男の心臓を
針で突かうとした女、――
もしや棄てたら、キツとまた。
どうせ、湿地《しめぢ》の
彼岸花、
蛇がからめば
身は細《ほ》そる。
赤い、湿地《しめぢ》の
彼岸花、
午後の三時の鐘が鳴る。
[#地から3字上げ]四十四年十一月
もしやさうでは
もしやさうではあるまいかと
思うても見たが、
なんの、そなたがさうであろ、
このやうなやくざにと、――
胸のそこから血の出るやうな
知らぬ偽《いつはり》いうて見た。
雪のふる日に
赤い酒をも棄てて見た。
知らぬふりして、
ちんからと
鳴らしたその手でさかづきを。
[#地から3字上げ]四十四年十一月
片足
花が黄色で、芽がしよぼしよぼで、
見るも汚《きた》ない梅の木に
小鳥とまつて鳴くことに、――
あれ、あの雪の麦畑《むぎばた》の、つもつた雪のその中に、
白い女の片足が指のさきだけ見えて居る。
はつと思つて佇めば、
小鳥逃げつつ鳴くことに、――
何時《いつ》か憎いと思うたくせに、
卑怯未練な、安心さしやれ、
あれは誰かの情婦《いろ》でもなけりや、
女乞食の児でもない。
一軒となりの杢右衛門《もくよむ》どんの
唖の娘が投げすてた白い人形の片足ぢや。
[#地から3字上げ]四十四年十二月
あらせいとう
人知れず袖に涙のかかるとき、
かかるとき、
ついぞ見馴れぬよその子が
あらせいとうのたねを取る。
丁度誰かの為《す》
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