カやくだま》……涙しとしとちりかかる。
涙しとしと爪弾《つまびき》の歌のこころにちりかかる。
団扇片手のうしろつきつん[#「つん」に傍点]と澄ませど、あのやうに
舟のへさきにちりかかる。

花火があがる、
銀《ぎん》と緑《みどり》の孔雀玉……パツとかなしくちりかかる。
紺青《こんじやう》の夜に、大河に、
夏の帽子にちりかかる。
アイスクリームひえびえとふくむ手つきにちりかかる。
わかいこころの孔雀玉《くじやくだま》、
ええなんとせう、消えかかる。
[#地から3字上げ]四十四年六月

  放埒

放埒《はうらつ》のかなしみは
ひらき尽くせしかはたれの花の
いろの、にほひの、ちらんとし、ちりも了らぬあはひとか。

かかる日の薄明《はくめい》に、
しどけなき恐怖《おそれ》より蛍ちらつき、
女の皮膚《ひふ》にシヤンペンの香《にほひ》からめば、
そは支那の留学生もなげくべき
尺八の古き調子《てうし》のこころなり。

うら若き芸妓《げいしや》には二上りのやるせなく、
中年《ちゆうねん》の心には三《さん》の糸|下《さ》げて弾《ひ》くこそ、
下《さ》げて弾くこそわりなけれ。

かくて、日のありなし雲の雨となり、
そそぐ夜《よ》にこそ。
おしろい花《ばな》のさくほとり、しんねこ[#「しんねこ」に傍点]の幽《かす》かなる
音《ね》を泣くべけれ。

放埒《はうらつ》のかなしみは
ひらき尽《つ》くせしかはたれの花の
いろの、にほひの、ちらんとし、ちりも了らぬあはひとか。
[#地から3字上げ]四十三年八月

  紫陽花

かはたれに紫陽花《あぢさゐ》の見ゆるこそさみしけれ。
うらわかき盲人《まうじん》のいろ飽《あく》まで白く、
そのほとりに頬を寄《よ》するは――
かろくかさねし手のひらの弾《はぢ》く爪さき、それとなく
隆達《りゆうたつ》ぶしの唱歌など思ひ出づるはいとかなし。

誰かつくりし恋のみち、いかなる人も踏み迷ふ……
よしやわれにも情《なさけ》あれ。寮の日くれの、あ、もの憂《う》や、
何《なん》とせうぞの。蜩《かなかな》の金《きん》の線条《はりがね》顫《ふる》はす声も、
縁《えん》さへあらばまたの夕日《ゆふひ》にチレチレ
またの夕日に時雨《しぐ》るる。

おはぐろどぶのかなしみは
岐阜堤燈《ぎふぢやうちん》のかげうつる茶屋のうしろのながし湯の
石鹸《しやぼん》のにほひ、黴《かび》の花、
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