−deki no Mariya Sanna
Ne wa yasuka−batten,
utsukushikaken,
〔Minasan yo_ ogan de wokinasare.〕”[#ここで横組み終わり]
[#ここから2字下げ]
* お精がでます、茂助。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]四十三年六月
雨の気まぐれ
雨はふる。……雨はふる……
やるせない春機発動期《しゆんきはつどうき》の憂欝病《いううつびやう》……神経の哀《かな》しい衰弱……
黄色い胃病患者の腐つた気分にふりそそぐ雨。
私通した小娘《こむすめ》の青い悪阻《つわり》の秘密と恐怖とにふりそそぐ雨。
泥酔漢《のんだくれ》のおくびと、殺人《ひとごろし》の温《ぬ》るい計画《たくらみ》とにふりそそぐ雨。
しとしと[#「しとしと」に傍点]と、しとしと[#「しとしと」に傍点]と、
絶間なく雨はふる、ふりそそぐ、にじむ、曳く、消ゆる、滴《したた》る。
わが暗い霊《たましひ》の霖雨季《りんうき》の長いひと月、
日がな終日《ひねもす》、昼も夜《よ》も、一昨日《をととひ》も、昨日《きのふ》も、今日《けふ》も
乱次《だらし》ない雨はふる、ふりそそぐ、にじむ、曳く、消ゆる、滴《したた》る。
酸《す》つぱい麦酒《ビール》のやうな気の抜けた雨。
いそぎんちやくの液《しる》のむづかゆい雨。
黴《かび》くさいインキいろの青い雨。
雨……雨……雨……
雨はふる……雨はふる……
酸敗《す》えかかつた橡《とち》の葉の繊維《せんゐ》に蛞蝓《なめくじ》の銀線《ぎんせん》を曳き、
臭《くさ》い栗の花の白金《プラチナ》を腐らし、
鉄粉《てつぷん》のやうに光る芝生の土に沁み込み、
青い古池の面《おもて》に怪《あや》しい笑《わらひ》を辷らせ、
せうことなしに雨はふる、ふりそそぐ、何時までも何時までも小止《をや》みなく……
陰気な黴くさい雨、長い雨……日ぐらしの雨……
ともすると疲《つか》れきつた悲愁《かなしみ》の裏《うら》から
微《ほの》かな日光の金《きん》を投げかくる雨。
雨のふる廃園《はいゑん》の木立の暗《くら》い緑《みどり》色の空間《スペース》。
その洞《ほら》のやうな葉かげの恐怖にふりそそぐ雨。……
折から、ひよいと、花やかに
地《ち》より身軽《みかろ》なひるがへり、躍り出したる怪《け》のものが
突拍子《とつぺし
前へ
次へ
全48ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング