ツき》」のごとく
隈《くま》青き眼《め》の光|烟《けぶり》とともにスツポンの深き恐怖《おそれ》よりせりあがる。……
何時《いつ》も何時《いつ》もわが悲哀《かなしみ》の背景《バツク》には銀色《ぎんいろ》の密境《みつきやう》ぞ住む。
そのなかに鳴きしきる虫の音よ、
匂《にほひ》高き空気《くうき》の迅《はや》き顫動《せんどう》、
太棹《ふとざを》と、鋭《するど》き拍子木《ひやうしぎ》、
ああああわが凡《すべて》の官能《くわんのう》は盲《めし》ひんとして静かに光る。
※[#ローマ数字5、1−13−25] 神経の凝視
日は暮るる、日は暮るる、力《ちから》なき欝金《うこん》の光……
ゆき馴《な》れし一本《ひともと》の楡《にれ》のもと、半《なかば》壊《こは》れし長椅子《ベンチ》に、
恐ろしき病室《びやうしつ》を抜《ぬ》けいでたるわがこころの
神経《しんけい》の疑《うたがひ》ふかき凝視《ぎようし》……
足もとの、そこここの小さき花は
長く長く抱擁《はうえう》したるあとの黄色《きいろ》なる興奮《こうふん》に似て
光り……なげき……吐息《といき》し……
沈黙《ちんもく》したる風は
生前《せいぜん》の日の遺言状《ゆゐごんじやう》の秘密《ひみつ》のごとくに刺草《いらくさ》の間《あひだ》に沈み、
美《うつく》しき絶望《ぜつまう》のごとたまさかに蜥蜴《とかげ》過《す》ぎゆく。
近郊《きんかう》の鐘は鳴る……修道院《しゆだうゐん》晩餐《ばんさん》の鐘……
神経の澄《す》みわたる凝視《ぎようし》はつづく――
その青くして何物《なにもの》にも吸ひ取らるるがごとき瞳《ひとみ》は
身をすりよする異母妹《いぼまい》の性《せい》の恐怖《おそれ》より逃《のが》れんとし、
親《した》しき友人の顔に陋《いや》しき探偵《たんてい》の笑《わらひ》を恐れ、
色|黄《き》なる醜《みにく》き悪縁《あくゑん》の女《をんな》を殺《ころ》さんとし、
さらにわが生《せい》を力《ちから》あらしめんがために砒素《ひそ》を医局《いきよく》の棚より盗み、
終《つひ》にまた響《ひびき》も立てぬ霊《たましひ》の深緑《しんりよく》の瞳《ひとみ》にうち吸はれ、
わが心の深淵《しんゑん》に突き落されし処女《ヴアジン》の銀《ぎん》の咽《むせ》びをきく。
この時《とき》、病院の青白き裏口《うらぐち》の戸に佇める看護婦は
携へし鳥籠
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