sとりかご》の青き小鳥の鳴くこゑをさびしみながら、
角《かく》吹ける乗合馬車の遠き遠き黄《き》のかがやきをなつかしむ。

日は暮るる、日は暮るる、力《ちから》なき欝金の光……
[#地から3字上げ]四十三年二月

 物理学校裏

Borum. Bromun. Calcium.
Chromium. Manganum. Kalium. Phosphor.
Barium. Iodium. Hydrogenium.
Sulphur. Chlorum. Strontium. ……
(寂しい声がきこえる、そして不可思議な……)

日が暮れた、淡《うす》い銀と紫――
蒸し暑い六月の空に
暮れのこる棕梠の花の悩ましさ。
黄色い、新しい花穂《ふさ》の聚団《あつまり》が
暗い裂けた葉の陰影《かげ》から噎《む》せる如《やう》に光る。
さうして深い吐息《といき》と腋臭《わきが》とを放つ
歯痛《しつう》の色の黄《きな》、沃土ホルムの黄《きな》、粉つぽい亢奮の黄《きな》。

C2[#「2」は下付き小文字]H2[#「2」は下付き小文字]O2[#「2」は下付き小文字]N2[#「2」は下付き小文字]+NaOH=CH4[#「4」は下付き小文字]+Na2[#「2」は下付き小文字]CO3[#「3」は下付き小文字]……
蒼白い白熱瓦斯の情調《ムウド》が曇硝子を透して流れる。
角窓のそのひとつの内部《インテリオル》に
光のない青いメタンの焔が燃えてるらしい。
肺病院の如《やう》な東京物理学校の淡《うす》い青灰色《せいくわいしよく》の壁に
いつしかあるかなきかの月光がしたるる。

〔Ti^n …… ti^n …… ti^n. n. n. n …… ti^n.n ……〕
 〔tire …… tire …… ti^n. n. n. n. …… syn ……〕
t …… t …… t …… t …… tone …… tsn. n. …… syn. n. n. n. n ……
静かな悩ましい晩、
何処かにお稽古《けいこ》の琴の音がきこえて、
崖下の小さい平家《ひらや》の亜鉛屋根に
コルタアが青く光り、
柔《やは》らかい草いきれの底に Lamp の黄色い赤みが点る。
その上の、見よ、すこしばかりの空地《あきち》には
湿《しめ》つた胡瓜と茄子の鄙びた新らしい臭《にほひ》が
惶《あわ》ただしい市街生活の哀愁《あいしゆう》に縺れ
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