R、1−13−23] 泣きごゑ
わが寝ねたる心のとなりに泣くものあり――
夜《よ》を一夜《ひとよ》、乳《ち》をさがす赤子のごとく
光れる釣鐘草《つりがねさう》のなかに頬をうづめたる病児《びやうじ》のごとく、
あるものは「京終《きやうはて》」の停車場《ていしやば》のサンドウヰツチの呼びごゑのごと、
黄《き》にかがやける枯草の野を幌《ほろ》なき馬車に乗りて、
密通《みつつう》したる女《をんな》のただ一人《ひとり》夫《をつと》の家《いへ》に帰《かへ》るがごとく、
げにげにあるものは大蒜《にんにく》の畑《はたけ》に狂人《きやうじん》の笑へるごとく、
「三十三間堂」のお柳《りう》にもまして泣くこゑは、
ネル着《つ》けてランプを点《とも》す横顔《よこがほ》のやはらかき涙にまじり
理髪器《バリカン》の銀色《ぎんいろ》ぞやるせなき囚人《しうじん》の頭《かしら》に動《うご》く。
そのなかに肥満《ふと》りたる古寡婦《ふるごけ》の豚ぬすまれし驚駭《おどろき》と、
窓外《まどそと》の日光を見て四十男の神官《しんくわん》が
死のまへに啜泣《すすりなき》せるつやもなく怖《おそろ》しきこゑ。
ああ夜《よ》を一夜《ひとよ》、
わが寝《ね》たる心のとなりに泣くもののうれひよ。
※[#ローマ数字4、1−13−24] 銀色の背景
わが悲哀《かなしみ》の背景《バツク》は銀色《ぎんいろ》なり。
そは五月《ごぐわつ》の葱畑《ねぎばたけ》のごとく、
夏の夜の「若竹《わかたけ》」の銀襖《ぎんぶすま》のごとく青白き瓦斯《がす》に光る。
そのまへに、――
弊私的里《ヒステリイ》の甚しきは
私通《しつう》したる※[#「さんずい+自」、第3水準1−86−66]芙藍色《さふらんいろ》の[#「※[#「さんずい+自」、第3水準1−86−66]芙藍色《さふらんいろ》の」は底本では「泊芙藍色《さふらんいろ》の」]女の
声もなき白痴《はくち》の児をば抱きながら入日を見るがごとくに歩《あゆ》み、
かの苦《にが》く青くかなしき愁夜曲《ノクチユルノ》……
ある夜《よ》のわれは恐ろしくして美しき竹本小土佐の
「合邦《がつぽう》」の玉手御前《たまてごぜん》の悲歎《なげき》をば弾語《ひきがたり》する風情《ふぜい》に坐《すわ》り、
暗き暗き欝悶《うつもん》は
鈍銀《にぶぎん》の引《ひ》かれゆく幕の前に、指組《ゆびく》める「仁木《に
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