には黄金、酒、毒薬、芸術、女、凡《すべ》てが爛壊《らんえ》に瀕してゐる。一度|彼女《かのをんな》の冷酷なる微笑に魅せられた者は自己の破滅は予期しながら何桙フ間にかひきつけられて了《しま》ふ。そして迷ひ込んだが最後逃れやうたつて離れられるもんぢやない、次第に悪因縁は青い蛇のやうに柔らかに絡みつく、どうせ死ぬまでは白い歯形が霊の底までも喰ひ入らねば放すもんぢやない。
燥々《いら/\》しながら立つて毛布《ケツト》をはたいた、煙草《シガア》の灰が蛇の抜殻のくづるる様にちる、私は熱湯の中に怖々《おづ/\》と身体《からだ》を沈める時に感ずる異様な悪感に顫へながら強ひて落着いた風をして沈《ぢつ》と坐つて見た。品川高輪芝浜を通り越す時分には、私は黒い際立つた建築や車庫や獣類の臭気に腐れたまま倒れかかつてゐる貨物車の影と、その湿つた九時頃の暗碧な夜の空に薄紫の弧灯《アアクとう》がしんみりした光を放つてゐるのを見た。愈《いよ/\》停車場の構内に着いたと思つた時には既に面と向つて驕奢な而《そ》して冷酷な都会にブツツカツてゐたのである。此処には最早《もはや》旅愁をそゝのかされるやうな物売の呼声を聞くことがで
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