しさをしみじみと自覚させる。新橋はそれと違ふ。此処《こゝ》には調和と云ふよりも寧ろ旧都会と新市街との不可思議な対照《コントラスト》がある。東京の随所には敗残した、時代の遺骸《なきがら》の側《かたはら》に青い瓦斯の火が点《とも》り、強い色彩と三味線とに衰弱した神経が鉄橋と西洋料理《レストラント》との陰影に僅かに休息を求めてゐる。それで、その当時、私の乗つて居た汽車が横浜近くに来る頃から私の神経は阿片《オピウム》に点火して激しい快楽を待つて居る時の不安と憧憬とを覚えはじめた。都会が有する魔睡剤は煤烟である、コルタアである、石油である、瓦斯である、生々しいペンキの臭気と濃厚なる脂肪の蒸しっ[#「っ」はママ]ぐるしい溜息とである。神奈川辺から新しい材木とセメントの乾燥した粉が鎚や鶴嘴のしつきりなく音してゐる空に泌みこんで潮風に濡れて来る。夜だつたから猶更東京近しとの暗示が何となく神秘に聞えて、街から街へ殖えてゆく電気灯《でんき》の色までが、一刻一刻に少年のみづみづしい心を腐蝕してゆく中毒症の斑点の様に美くしく見えた。而《そ》してその時私は考へた、都会は美くしいが実に怖ろしい処だ、彼処《あすこ》
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