きぬ、意外に空気は急忙《あはた》だしいが厳粛なものであつた、私は押し流されるやうにして、この魔宮の正門に達する大理石の舗石《ペエブメント》の如く、又は、監獄へゆく灰白色の坦道に似た長いプラツトホームを顫へながら急ぎ足に歩いた時の心地は今にも忘れることができない。而《そ》して私が歩行《ある》きながら第一に受けた印象は清潔な青白い迄消毒されてゐる便所から泌み渡つてくるアルボースの臭気であつた。即ち都会の入口の厳粛な匂である。その他、停車場特有の貨物の匂、燻《くゆ》らす葉巻、ふくらかな羽毛襟巻《ボア》、強烈な香水、それらの凡てが私の疲れきつた官能にフレツシユな刺戟を与へたことは無論である。
 改札口へ出るとすぐ私は迎へにきてゐた数名の友人から取り巻かれながら、強ひて平気を装ひつゝ正面の階段へ押されて行つた。高貴な人々はここから幾組となく幌馬車を駆つてゆく、俥がゆく、電車がゆく。そしてそれらの行手に電気灯の黄色と白熱瓦斯の緑金色とが華やかに照り耀いてゐる市街が見えた。それが銀座だと教へられたばかり、美くしい『夜』の横顔《プロフイル》を遠くから見たままで、私は暗い烏森の芸妓屋《げいしやゝ》つづき
前へ 次へ
全5ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング