積みかさねた小舟は毎日ここを上下する。正面の白壁はわが叔父の新宅であつて、高い酒倉は甍の上部を現はすのみ。かうして、私の母家はこの水の右折して、終に二条の大きな樋に極まり、渦を巻いて鹹川に落ちてゆくその袂から、是に左したるところにある。
今は銀行となつたが、もとはやはり姻戚の阿波の藍玉屋の生鼠《なまこ》壁の隣に越太夫といふ義太夫の師匠が何時も気軽な肩肌ぬぎの婆さんと差向ひで、大きな大きな提燈を張り代へながら、極彩色で牡丹に唐獅子や、桜のちらしなどをよく描いてゐた藁葺きの小店と、それと相対して同じ様な生鼠壁の旧家が二つ並んでゐる。何れも魚問屋で右が醤油を造り、左が酒を造つた。その酒屋の、私は Tonka《トンカ》 John《ジョン》(大きい坊ちやん、弟と比較していふ、阿蘭陀訛か。)である。して、隣は矢張り祖父時代に岐れた北原の分家で、後には醤油醸造を止した。
南町の私の家を差覗く人は、薊や蒲生英《たんぽぽ》の生えた旧い土蔵づくりの朽ちかゝつた屋根の下に、渋い店格子を透いて、銘酒を満たした五つの朱塗の樽と、同じ色の桝のいくつかに目を留めるであらう。さうしてその上の梁の一つに紺色の可憐な
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