く荒れはてて了つた。加之、火災後の長い心勞と疲憊の末、柳河の「油屋」として、九州の古問屋として數代知られた舊家も遂には一家没落の憂き目を見るやうになつた。
私がこの「思ひ出」の編纂に着手し初めたのは、ちやうど郷家の舊《ふる》い財寶はあの花火の揚る、堀端のなつかしい柳のかげで無慘にも白日競賣の辱《はづか》しめを受けたといふ母上の身も世もあられないやうな悲しい手紙に接した時であつた。而して新らしい創作に從つてゐる間に秋となり冬が來て、今はまた晩春の惱ましい氣分に水祭《みづまつり》の囃子《はやし》や蠶豆の青くさい香ひのそことなく忍ばるるころとなつた。國よりの通知には愈酒倉は解かれ、親子兄弟凡てあの根ざしの深い「思出の家」から思ひきつて立ち退くべき時機が迫つたといふ事であつた。而して馴れぬ水仕業《みづしわざ》に可憐な妹の指が次第に大きく醜くなつてゆきますといふ事であつた。かうしてこの小さな抒情小曲集も今はただ家を失つたわが肉親にたつた一つの贈物《おくりもの》としたい爲めに、表紙にも思出の深い骨牌の女王を用ゐ、繪には全く無經驗な癖に首の赤い螢や生膽取や Jhon や Gonshan の漫畫まで
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