の、眼の青い、そして胸の白い女の横顏のうへに、チクタクと秒刻の優しい歩みを續けてゐた。その戸棚を開けると緑礬、硝石、甘草、肉桂、薄荷、どくだめの葉、中には賣藥の版木等がしんみりと交錯《こんがら》がつた一種異樣の臭を放つ。それはある漂浪者がこゝに來て食客をしてゐた時分密かに町の人に藥を賣つてゐたのが、逝《な》くなつたので、そのまゝにしてあるといふ、舊い話であらう。
庭には無論朱欒の老木が十月となれば何時も黄色い大きな實をつけた。その後の高い穀倉に秋は日ごとに赤い夕陽を照りつけ、小流を隔てゝ十戸ばかりの並倉に夏の酒は濕つて悲しみ、温かい春の日のぺんぺん草の上に桶匠《おけなわ》は長閑に槌を鳴らし、赤裸々《あかはだか》の酒屋男《さかやをとこ》は雪のふる臘月にも酒の仕込《しこ》みに走り囘り、さうして街の水路から樋をくぐつて來るかの小《ちひ》さい流《ながれ》は隱居屋の涼み臺の下を流れ、泉水に分れ注ぎ、酒桶を洗ひ眞白な米を流す水となり、同じ屋敷内の瀦水に落ち、ガメノシユブタケ(藻の一種)の毛根を幽かに顫はせ、然《しか》るのち、ちゆうまえんだ[#「ちゆうまえんだ」に傍点]の菜園を一|周囘《めぐり》し
前へ
次へ
全140ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング