れ君、われをそのごと
清しとな正しとなおもひたまひそ。
われはただ強ひて清かり。
失せもあへぬそのかみの日の怯《おく》れたる弱きこころに、
ああかなし、われはさは強ひて清かり。
十六
哀《あはれ》知る女子のために、
われらいま黄金《こがね》なす向日葵《ひぐるま》のもとにうたふ。
哀《あはれ》知る女子のために。
十七
『口にな入れそ。』
色紅《あか》くかなしき苺葉かげより今日《けふ》も呼びつる。
『口にな入れそ。』
十八
われはおもふ、かの夕ありし音色《ねいろ》を。
いと甘き梔子《くちなし》の映《は》えあかるにほひのなかに、
埋もれつつ愁ふともなくただひとりありけるほどよ、
あはれ、さは通りすがりのちやるめらの肩をかへつつ、
ひとうれひ――ひいひゆるへうと荷擔夫《にかつぎ》の吹きもゆきしを。
あはれまた、夕日のなかに消えがてに吹きも過ぎしを。
十九
嗚呼さみし、哀れさみし、
今日《けふ》もまた都大路《みやこおほぢ》をさすらひくらし、
なにものか求めゆくとてさすらひくらし、
日をひと日ただあてもなうさすらひくらす。
嗚呼さみし、哀《あは》れさみし。
二十
大ぞらに入日のこり、
空いろにこころ顫ふ。
初戀の君おもふ
われの未練《みれん》ぞ、
あはれ、さは暮れはつるらむ。
二十一
いとけなき女の子に
きかすとにはあらねど、
たはむれにきかしぬる
わかき日の歌よ。
わが戀ふる君も知らねば。
二十二
わが友いづこにありや。
晩秋《おそあき》の入日の赤さ、さみしらにひとり眺めて、
掻《か》いさぐるピアノの鍵《けん》の現《うつつ》なき高音《たかね》のはしり、
かくてはや、獨身《ひとりみ》の獨身《ひとりみ》の今日《けふ》も過ぎゆく。
二十三
彌《いや》古りて、大理石《なめいし》はいよよ眞白に、
彌《いや》古りてかなしみはいよよ新らし、
彌《いや》古りて彌《いや》 清く、いよよかなしく。
二十四
泣かまほしさにわれひとり、
冷《ひ》やき玻璃戸《はりど》に手もあてつ、
※[#「窗の/心」、第3水準1−89−54、59−7]の彼方《かなた》はあかあかと沈む入日の野ぞ見ゆる。
泣かまほしさにわれひとり。
二十五
柔かきかかる日の光のなかに、
いまひとたび、あはれ、いまひとたび、
ほのかにも洩らしたまひね、
われを戀ふと。
二十六
蝉も鳴く、ひと日ひねもす、
『かなし、かなし、ああかなし、今日《けふ》なほひとり。』
二十七
そを思《も》へばほのかにゆかし。
かの古りし朱塗《しゆぬり》のうつは、
そがなかに薫《くゆ》りにし
馬尼拉《マニラ》煙草《たばこ》よ。
いつの日のゆめとわかねど。
二十八
あはれ、あはれ、すみれの花よ。
しをらしきすみれの花よ。
汝《な》はかなし、
色あかき煉瓦の竈《かま》の
かげに咲く汝《な》はかなし。
はや朝明《あさあけ》の露ふみて
われこそ今し
妹《いもうと》の骨ひろひにと來しものを。
二十九
青梅に金《きん》の日光り、
地は濡れて鈴蟲鳴く。
日暮らしの日暮らしの雨の絶間《たえま》に、
いつしらず鈴蟲鳴く。
三十
あはれ、さはうち鄙《ひな》びたる
いはけなき玉乘の子が危《あぶ》なげに足にあはせて、
かすかにも彈き鳴らす※[#「ヰに濁点」、面区点番号1−7−83、64−4]オロン彈《ひ》きの少女。
三十一
いまもなほ
ワグネルのしらべに
日をひと日浮身をや窶《やつ》したまへる。
かなしきは女ぞかし。
離《さか》り來て野邊《のべ》におもへば
露くさの花の色だにさはひとり求《と》めわぶるなる。
三十二
わが友は色あかき酒を飮みにき、
われはサイダア、
あはれかかる淡《あは》つけき愁《うれひ》もて
わかき日を泣かむとする、弱き子の心ぼそさよ。
三十三
あはれ、去年《こぞ》病みて失せにし
かのわかき辯護士の庭を知れりや。
そは、街《まち》の角《かど》の貸家の
褪《さめ》めはてし飾硝子《かざりがらす》の戸を覗《のぞ》け、草に雨ふり、
色紅き罌粟のひともと濡れ濡れて燃えてあるべし。
あはれまた、そのかみの夏のごとくに。
三十四
ああ、あはれ、
青にぶき救世軍の
汚《よ》ごれたる硝子戸のまへに
向日葵《ひぐるま》咲き、
濠端《ほりばた》を半纒《はんてん》ひとりペンキ壺さげて過ぎゆく。
いづこにか物賣の笛、
ああ、ひと目――日の夕、
われはいま忙《せわ》しなの電車より。
三十五
縁日《えんにち》の見世ものの、臭《くさ》き瓦斯にも面《おもて》うつし、
怪しげの幕のひまより活動寫眞《くわつどう》の色は透かせど、
かくもまた廉白粉《やすおしろひ》の、人込《ひとごみ》のなかもありけど、
さはいへど、さはいへど、わかき身のすべもなき、涙な
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