や》の爺《をぢ》と
その爺《をぢ》の車に乘りて、
市場へと。――途《みち》にねむりぬ。

山の街《まち》、――珍《めづ》ら物見の
子ごころも夢にわすれぬ。
さなり、また、玉名《たまな》少女が
ゆきずりの笑《ゑみ》も知らじな。

その歸さ、木々のみどりに
眼醒《めさ》むれば、鶯啼けり。
山路なり、ふと掌《て》に見しは
梨なりき。清《すゞ》しかりし日。


 鷄頭


秋の日は赤く照らせり。
誰が墓ぞ。風の光に
鷄頭の黄なるがあまた
咲ける見てけふも野に立つ。

母ありき、髪のほつれに
日も照りき。み手にひかれて
かかる日に、かかる野末を、
泣き濡れて歩みたりけむ。

 ものゆかし、墓の鷄頭。
さきの世《よ》か、うつし世にてか、
かかる人ありしを見ずや、
われひとり涙ながれぬ。


 椎の花


木の花はほのかにちりぬ。
日もゆふべ、椎の片岡、
影さむみ、薄ら光に
君泣きぬ、われもすがりぬ。
髪の香か、目見《まみ》のうるみか、
衣《きぬ》そよぎ、裾にほそぼそ、
虫啼きぬ、――かかるうれひに。
ああ、かくて、君よいくとき、
かく縋《すが》り、かくや泣きけむ。
そのかみか、いまか、うつつか、
さて知らじ、さきの世のゆめ。


 男の顏


ふと見てし男の顏は
夜目《よめ》ながら赤く笑ひき。

そことなく、囃子《はやし》きこえて
水祭《みづまつり》ふけし夜のほど、
乳母の背《せ》にわれねむりつつ、
見るとなく彼を憎みぬ。

その顏は街《まち》の灯かげを、
あかあかと歩みつつあり。
乳母もさは添ひてかたりぬ。
かくて世《よ》にわれただひとり。
大太皷《おほだいこ》人は拊《う》ちつけ
後《うしろ》より絶えず戲《おど》けて
嘲りぬ。――われは泣きにき。


 水ヒアシンス


月しろか、いな、さにあらじ。
薄ら日か、いな、さにあらじ。
あはれ、その仄《ほの》のにほひの
などもさはいまも身に沁む。

さなり、そは薄き香《か》のゆめ。
ほのかなる暮の汀《みぎは》を、
われはまた君が背《せ》に寢て、
なにうたひ、なにかかたりし。

そも知らね、なべてをさなく
忘られし日にはあれども、
われは知る、二人《ふたり》溺れて
ふと見し、水ヒアシンスの花。


 鵞鳥と桃


なにごとのありしか知らず、
人さはに立ちてながめき。

われもまた色あかき桃
掌《て》にしつつ、なかにまじりぬ。

河口に
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