にほひ》濃き艸こそなけれ。
※[#「日/咎」、第3水準1−85−32、111−7]《かげ》りゆく日のあゆみたまゆらに明《あか》ると見つつ、
過ぎし日のやるせなき思ひ出はまた※[#「日/咎」、第3水準1−85−32、111−8]《かげ》りゆく。


 見果てぬ夢


過ぎし日のしづこころなき口笛は
日もすがら葦の片葉の鳴るごとく、
ジブシイの晝のゆめにも顫ふらん。
過ぎし日のあどけなかりし哀愁《かなしみ》は
こまやかに匂《にほひ》シヤボンの消ゆるごと
目のふちの青き年増《としま》や泣かすらん。
過ぎし日のうつつなかりしためいきは
淡《うす》ら雪赤のマントにふるごとく、
おもひでの襟のびらうど身にぞ沁む。
吹き馴れし銀《ぎん》のソプラノ身にぞ沁む。
過ぎし日の、その夜《よる》の、言はで過ぎにし片おもひ。


 高機


高機《たかはた》に
梭投げぬ。
 きりはたり。
 
その胸に
梭投げぬ。
 きりはたり。

高機に、
その胸に、
  きりはたり。


 歌ひ時計


けふもけふとて氣まぐれな、
晝の日なかにわが涙。
かけて忘れたそのころに
銀の時計も目をさます。


 朝の水面


朝の水面《みのも》の燻銀《いぶしぎん》
泣けばちらちら日が光る。
わしがこころの燻銀《いぶしぎん》、
けふもさみしくちらちらと。


 青いソフトに


青いソフトにふる雪は
過ぎしその手か、ささやきか、
酒か、薄荷《はつか》か、いつのまに
消ゆる涙か、なつかしや。


 意氣なホテルの


意氣なホテルの煙突《けむだし》に
けふも粉雪のちりかかり、
青い灯《ひ》が點《つ》きや、わがこころ
何時《いつ》もちらちら泣きいだす。


 霜


柔かなる月の出に
生《なま》じろき百合の根は匂ひいで、
鴉の鳴かで歩みゆく畑、
その畑に霜はふる、銀の薄き疼痛《とうつう》…………

過ぎし日は苦《にが》き芽を蒔きちらし、
沈默《ちんもく》はうしろより啄みゆく、
虎列拉《コレラ》病める農人《のうにん》の厨に
黄なる灯《ひ》の聲もなくちらつけるほど。

霜はふる、土龍《もぐら》の死にし小徑《みち》に、
かつ黒き鳥類《てうるゐ》の足あとに、故郷《ふるさと》のにほひに、
霜はふる、しみじみと鍼《はり》をもてかいさぐりゆく
盲鍼醫《めくらはりい》の觸覺のごと、

思ひ出の月夜なり、銀《しろがね》の痛《いた》き鍍
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