》を刺すこころ、
やるせない夏の眞晝のその手つき。

つかれと、かなしみと、ものおもひ、
官能の欲《よく》…………
こころにくいほど落ちついて
しんみりと刺す盲人《めくら》の手。

過ぎし日は鍼醫《はりい》の手凾。
天鵝絨《びらうど》の紫の凾、
柔かに手を觸れて、なつかしく、
パツチリと閉《し》めた凾、舶來の凾、
 註。Sori−batten.   然しながら。方言。阿蘭陀訛?
   Gonshan.      良家の娘。柳河語


 陰影


なつかしき陰影《いんえい》をつくらんとて
雛罌粟《ひなげし》はひらき、
かなしき疲れを求めんとて
女は踊る。

晴れやかに鳴く鳥は日くれを思ひ、
蜥蜴《とかげ》は美くしくふりかへり、
時計の針は薄らあかりをいそしむ…………

捉《とら》へがたき過ぎし日の歡樂《くわんらく》よ、
哀愁《あいしゆう》よ、
すべてみな、かはたれにうつしゆく
薄青きシネマのまたたき、
いそがしき不可思議のそのフィルム。

げにげにわかき日のキネオラマよ、
思ひ出はそのかげに伴奏《つれひ》くピアノ、
月と瓦斯との接吻《キス》、
瓏銀《ろうぎん》の水をゆく小舟。

なつかしき陰影をつくらんとて
雛罌粟《ひなげし》は顫へ、
かなしき疲れを求めんとて
女は踊る。


 淡い粉雪

      Tinka John 作

淡《あは》い粉雪はブリツキの
薄い光に消えてゆく、
老孃《オールドミス》のさみしさか、
青いその日も消えてゆく。


 ※[#「轂」の「車」に代えて「米」、102−7]倉のほめき


思ひ出は※[#「轂」の「車」に代えて「米」、103−1]倉《こくぐら》の挽臼《ひきうす》の上に
ぼんやりと置きわすれたる蝋燭の火か、
黄いろなる蝋燭の火は
苅麥《かりむぎ》と七面鳥の卵とに陰影《かげ》をあたへ、
惡戲者《いたづらもの》の二十日鼠にうちわななく。

柔かに鳴く聲は物忘《ものわす》れゆく女のごとく、
薄あかりする空窓《そらまど》の硝子より、
ふけゆく夜《よる》のもののねをやかなしむ。………
黄いろなる蝋燭のちろちろ火。

いまだに大人《おとな》びぬ TONKA JOHNの こころは
かの※[#「轂」の「車」に代えて「米」、104−2]物《こくもつ》の花にかくれんぼの友をさがし、
暖かにのこりたる祭《まつり》のお囃子《はやし》にききふける…………


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