のうしろに、
灰色の路長きぬかるみに、あはれ濡れつつ
ただひとつまろびたる、燃えのこる夢のごとくに。

 六

あはれ友よ、わかき日の友よ、
今日《けふ》もまた街《まち》にいでて少女らに面《おもて》染むとも、
な嘲《あざ》みそ、われはなほわれはなほ心をさなく、
やはらかき山羊《やぎ》の乳の香《か》のいまも身に失せもあへねば。

 七

見るともなく涙ながれぬ。
かの小鳥
在ればまた來て、
茨《いばら》のなかの紅き實を啄《ついば》み去るを。
あはれまた、
啄み去るを。

 八

女子よ、
汝《な》はかなし、
のたまはぬ汝《な》はかなし、
ただ、ひとつ、
一言《ひとこと》のわれをおもふと。

 九

あはれ、日の
かりそめのものなやみなどてさはわれの悲しく、
※[#「窗/心」、第3水準1−89−54、47−4]照らす夕日の光さしもまた涙ぐましき、
あはれ、世にわれひとり殘されて死ぬとならねど、
わが側《かたへ》遠く去るとも人のまた告げしならねど、
さなり、ただ、かりそめのなやみなるにも。

 十

あはれ、あはれ、色薄きかなしみの葉かげに、
ほのかにも見いでつる、われひとり見いでつる、
青き果のうれひよ。
あはれ、あはれ、青き果のうれひよ。
ひそかにも、ひそかにも、われひとり見いでつる
あはれその青き果のうれひよ。

 十一

酒《さけ》を注《つ》ぐきみのひとみの
ほのかにも濡れて愁《うれ》ふる。
さな病みそ街《まち》のどよみの小夜《さよ》ふけて遠く沁むとも。

 十二

女、汝《な》はなにか欲《ほ》りする。
ゆふぐれの、ゆふぐれのゆめふかきもののにほひに、
かくもまた汝《な》とともに接吻《くちつ》けて接吻《くちつ》けて、接吻《くちつ》けてほのかにも泣きつつあらば、あはれ、またなにの願か身にあらむ、ああさるをなほ女、汝《な》はなにか欲《ほ》りする、
ゆふぐれの、ゆふぐれのふたつなき夢のさかひに。

 十三

なやましき晩夏《おそなつ》の日に、
夕日浴び立てる少女の
餘念《よねん》なき手にも揉《も》まれて、
やはらかににじみいでたる
色あかき爪《つま》くれなゐの花。

 十四

わが友よ。
君もまた色青きペパミントの酒に、
かなしみの酒に、
いひしらぬ慰藉《なぐさめ》のしらべを、
今日《けふ》の日のわがごとも、
あはれ、友よ、思ひ知り泣きしことのありや。

 十五

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