べに忘るれど、
いづこともなき燒栗の秋のにほひを嗅ぐときは
物思ふらむ、嘆くらむ、かつは涙もしたたらむ。

すべり轉《ころ》がる玉の上に、暗き樂屋に、
汗|臭《くさ》き馬の背に、道化芝居の花道に、
玉蜀黍《たうもろこし》を噛みしむる、收穫《とりいれ》の日の
盲目《まうもく》のわかき女に見るごとく、
物の哀《あは》れをしみじみと思ひ知るらむ、淺艸の秋の匂に。


 黒い小猫


ちゆうまえんだ[#「ちゆうまえんだ」に傍点]の百合の花、
その花あかく、根はにがし。――
ちゆうまえんだ[#「ちゆうまえんだ」に傍点]に來て見れば
豌豆のつる逕《みち》に匍ひ、
黒い小猫の金茶《きんちや》の眼、
鬼百合の根に晝光る。

べんがら染か、血のいろか、
鹿子《かのこ》まだらの花瓣《はなびら》は裂けてしづかに傾きぬ。
裂けてしづかに輝ける褐《くり》の花粉の眩《まば》ゆさに、
夜の秘密を知るやとて
よその女のぢつと見し昨《きそ》の眼つきか、金茶の眼、
なにか凝視《みつ》むる、金茶の眼。

黒い小猫の爪はまた
鋭く土をかきむしる。
百合の疲れし球根《きゆうこん》のその生《なま》じろさ、薄苦《うすにが》さ、
掻きさがしつつ、戲《たはむれ》れつ、
後退《あとしざ》りつつ、をののきつ、
なにか探《さが》せる、金茶の眼。

そつと墮胎《おろ》したあかんぼの蒼い頭《あたま》か、金茶の眼、
ある日、あるとき、ある人が生埋《うきうめ》にした私生兒《みそかご》の
その兒さがすや、金茶の眼、
百合の根かたをよく見れば
燐《りん》は濕《し》めりてつき纒《まと》ひ、
球《たま》のあたまは曝《さ》らされて爪に掻かれて日に光る。
なにか恐るる、金茶の眼。

ちゆうまえんだ[#「ちゆうまえんだ」に傍点]の百合の花、
その花赤く、根はにがし。――
ちゆうまえんだ[#「ちゆうまえんだ」に傍点]に來て見れば
なにがをかしき、きよときよとと、
こころ痴《し》れたるふところ手、半ば禿げたるわが叔父の
歩むともなき獨語《ひとりごと》ひとり終日《ひねもす》畑をあちこち。
 註  ちゆうまえんだ[#「ちゆうまえんだ」に傍点]。わが家の菜園の名なり。


 足くび


ふらふらと酒に醉ふてさ、
人形屋の路次を通れば
小さな足くびが百あまり、
薄桃いろにふくれてね、
可哀相《かはいさう》に蹠《あしのうら》には日があたる。
馬みちの晝の明
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